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『ファンファーレ』誌
ハチャトゥリアンCD

『アイクラシックス』
ハチャトゥリアンCD

『ストリングス・マガジン』誌
ハチャトゥリアンCD

ホワッツ・オン・イン・ロンドン
クラシカル・キャリアー

北アメリカ・ツアーに於けるインタヴュー集:

『ニューヨーク/ロング・アイランド・アップデイト』
日本人ヴァイオリニストによるティリスでのコンサート

『グリーン・ベイ・プレス・ガゼット』
ヴァイオリンは彼女の親善の道具


INTERVIEWS

宇田川杰子:ハチャトゥリアンの遺産への試み
by Robert Maxham
FANFARE
『ファンファーレ』(米誌)

ハチャトゥリアン: ソナタと舞曲

宇田川杰子
ボリス・ベレゾフスキー、ピアノ
KOCH 3-7571-2 HI
宇田川杰子は、数あるヴァイオリン楽曲の中でもひときわ神秘に包まれた特異な作品を、世に紹介している。同じソヴィエトの作曲家でも、プロコフィエフやショスタコーヴィチと比べると、アラム・ハチャトゥリアンは、ともすると忘れられがちな作曲家である。彼のヴァイオリンとピアノのための音楽は、いまだ人々に広く受け入れられる、とっつきやすさと、最も辛辣な批評にさえも応えられる、作品としての高い完成度を兼ね備えている。舞曲については、オイストラフやコーガンのようなロシアのヴァイオリニストたちによって数多く演奏されることで、今なお広く知られている(亡命ロシア人ヴァイオリニスト、ハイフェッツも〈アイシャの踊り〉や〈剣の舞〉などを編曲、演奏している)。

--宇田川さんはどのようにして、これらの埋もれてしまっている作品を手がけているのですか?

ハチャトゥリアンはバレエ作曲家として知られていると思います。彼は交響曲も作曲しているのですが、ショスタコーヴィチやプロコフィエフに比べれば少数です。

ましてやヴァイオリンとピアノのための作品となると、入手が困難です。ハイフェッツの編曲による〈剣の舞〉や〈アイシャの踊り〉は容易に入手することができましたが、モストラスとフェイジンによる編曲のロシア版を得るには、特別なルートでないと手に入れることができませんでした。

また、今回のレコーディング中には、私の友人に他にも作品を編曲してくれるよう頼みました

--その新しい編曲が出来上がったら、世に出版されるのでしょうか?

リクエストがあれば、もちろん、友人も喜んで出版するでしょう。実現させたいですね。私は手書きの楽譜でも演奏したんですよ。

ハチャトゥリアンのお孫さんが、家族が保管していた書庫から、祖父の遺稿を送ってくれました(舞曲第1番)。くりかえしますが、もし欲しいという人さえいれば、出版されるでしょう。もし、それが実現し、彼の室内楽とか、ヴァイオリンとピアノのための作品が、もっとポピュラーになるよう私が手助けすることができるのであれば、こんなに素敵なことはないでしょう。

なぜなら、とても美しい音楽だし、私自身、演奏していて非常にエンジョイできたのですから。もっと多くの人が聴き、演奏してくれたら、私はとても幸せです

--作品がもつ民族性といったものへの、何かスタイル的な部分でのチャレンジはあったのでしょうか?

私は常にロシア音楽に興味を持っていました、そこで当然、ミルシテインのもとで勉強をしたわけですが、彼はお世辞で、もしかして私の中にロシア人の血が流れているんじゃないかって言っていました。

彼はロシア音楽に対して非常に理解があったので、私がロシア音楽へどのようにアプローチしたらよいかということを教えてくれました。ご存知のように、彼はプロコフィエフのソナタを、プロコフィエフ自身のピアノで共演したことがあるのです

--それはたしか、2つのソナタのうち、1番の方?

両方です! 今回、私はそれらの作品を、自分なりの解釈によって用意しました。ボリス・ベレゾフスキーはロシア音楽の魂とも言うべき人ですが、今回のレコーディングには理想的な人でした。

ディスカッションとリハーサルを重ねるごとに、新たな発見があり、音楽の解釈もより深いものへと発展していきました。たくさんのリハーサルをしました。時には必要以上のものでしたが、私たちは楽しんでいたので、一日中リハーサルをしていました。

彼も今回の作品を気に入っており、それと同時に、この作曲家のヴァイオリンとピアノのための作品の多くがレコーディングされていない、ということに驚きを感じていました

--全編にわたって演奏される小品の数々も、ヴァイオリンの音色が非常に生き生きとしています。それらもよく演奏するのですか?

ハチャトゥリアンのヴァイオリン曲はほとんど演奏してきました。協奏曲は私にとって難しいものではありません。むしろ、ヴァイオリンという楽器に非常に合っている作品です。しかし編曲されたものとなると、たとえ編曲以前のものであったとしても、いくぶん難しくなります。それは、楽器に合っていないという意味ではありませんが、ソナタの場合は、その楽器を特に意識して作曲されているわけではないのです。

おそらく、彼がチェリストであったことに起因するのでしょう。協奏曲と違って、ヴァイオリンにとってはどこかぎこちなく、演奏しにくい、ヴァイオリン的でないパッセージもあります

--その点、そこをオイストラフは独特の手法によって、協奏曲を演奏する上で何か工夫をしないといけなかったのでしょうか?

そのとおりです。だからオイストラフによってカデンツァの部分が多く作られています

--宇田川さんはこれらの小品を今回のレコーディングのために、わざわざ用意したのでしょうか?

はい。最初はまず、ソナタが頭に浮かびました。今まで誰もレコーディングしていないと知ったとき、それなら私がやるべきだと考えるようになりました。そこて、ハチャトゥリアンのレコーディングを計画しました。当初は十分な数の作品がありませんでした。

しかし、徐々に作品が見つかり、さらにハチャトゥリアンの家族に紹介されたことによって手書きの遺稿を手にすることができ、先述のように、友人が編曲を申し出てくれたのです。全て今回のレコーディング用の曲ばかりですが、その内のいくつかの作品は今後も私のレパートリーに加えたいと思っています。どれも素晴らしい作品ばかりです。

さらに、偉大な作曲家たちの、未だレコーディングされていない作品を発見するのは、非常にやりがいのあることです。これがきっかけとなり、私は他にもロシアの作曲家で、未だ録音されていない作品を探し始めています。そして、ハチャトゥリアンのCDと平行して、彼以外の作曲家のコレクションも準備中です。将来、もっと多くのロシアの作曲家たちの初録音の数々が、コッホのカタログから発売されることを願っています。今のところ、これが私の夢です

--コッホの録音は、非常に生に近い音質で、臨場感に溢れています。仕上がりに満足していますか?

ええ。私はレコーディングするときには、豊かで温かみのあるサウンドが好きなんです。なぜならヴァイオリンは非常に古い楽器ですからね。あまりデジタル化されすぎた、今風のサウンドは好きじゃないんです。もちろん、デジタル化によって音がクリアになるというメリットはありますが、温もりが失われるのは好きではありません。いつもその点を非常に意識しています

--宇田川さんの演奏は、ミルシテインやハイフェッツ、そしてオイストラフをも想い起こさせる。あなたが最も深く影響を受けたのは、どの名ヴァイオリニストのスタイルですか?

ミルシテインに最も影響を受けてきたのは事実です。次が、ハイフェッツでしょうか。でも、もちろん、20世紀の多くの偉大なヴァイオリニストたちも尊敬しています。彼らは非常に個性的で、彼らから多くのことを学びました。でもやはりミルシテインのレッスンを受けたことと、ハイフェッツを聴いてきたことが、私にとっては特に大きかったです

--どうやってミルシテインの個性に圧倒されることなくやってこられたのでしょうか

私がまだとても若い時分に、彼のもとで学びました。日本から来たばかりの頃です。彼は気前良く自分の時間を割いてくれ、幸運にも週2回のレッスンを受けることができ、時には1レッスンが3時間にも及ぶことがありました。

そこではヴァイオリンのレパートリーを、ほとんど全てマスターすることができました。また、彼はいつも私にレッスンを録音させてくれました。おかげで私はミルシテインのレッスン風景を、全てコレクションとして持っています。彼の演奏もたくさん聴けるんですよ。この録音を聴くと、いろいろな思い出がよみがえります。 実を言うと、この録音をいつの日かリリースしようと、密かに企んだりしています。彼に習うということは、ある面で困惑を招くこともあるかもしれません。

なぜなら、彼は非常に個性的ですし、彼にとって正しいことはあくまで彼自身のためのものであり、必ずしも他のあらゆるヴァイオリニストにあてはまるものではないのです。私にとってどちらが正しいことなのか、私自身が判断しなければなりませんでした。とはいえ、彼の影響は免れないでしょう。それは技術的なことや、音の出し方に限ったことではありません。彼は”気品の良さ” がいかに大切かということを強調していました。

ご存知のように、彼の音楽は”貴族的な気品”として有名です。私は彼から非常に多くのことを学びました。彼がいなかったら、ヴァイオリニストとしての今の私はなかったといっても過言ではありませんし、とても感謝しています。もちろん、同時に私も徐々に、コピーするばかりではない自分自身の道を歩みはじめています。いま、彼の多くのアドバイスに恩を感じながらも、私は私自身のスタイルを持っていると思います。

今の若いヴァイオリニストたちにはあまりにも個性が感じられません。今後もさらにその傾向が強くなるように思われます。巨匠たちがもつ個性というものは、演奏を聴いていて非常に満足させられるものです。それは表現の幅や、音色であり、テクニックだけによるものではありません。多くの若い演奏家たちは、より完璧なテクニックを持っていますが、それに見合う、人間的な魅力や個性は備わっていません。誰が演奏しているのかわからない、ということもよくあります。個性はとても大切です。それを表現できるよう、私自身が常に目指していることでもあります」

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『アイクラシックス』

ハチャトゥリアン: ソナタと舞曲

宇田川杰子
ボリス・ベレゾフスキー、ピアノ
KOCH 3-7571-2 HI

「彼は、これまで触れられたことのなかった、コーカサスの音楽伝承の新たな地層を掘り当てた。そして、民族の伝統と音楽を用いて、誰にも真似のできない独創的でまったく新しい音楽を創造し、その斬新なアイデアで大地を塗りかえてしまった。ハチャトゥリアンなくして、ロシアの、また、世界の音楽の文化を想像することはできない」

~アラム・ハチャトゥリアンに寄せて、ドミトリ・ショスタコーヴィチ"

力強い衝撃-そして彼の没後、わずか四半世紀しか経っていない今、ハチャトゥリアンの音楽はめったに演奏される機会がなく、オールナイトでやっている癒し系クラシック・ラジオ番組の深夜2時の時間帯か、ミュージック・ベッドのTVコマーシャルで、かろうじてお目にかかれる程度である。もし、50歳以上の人々で埋め尽くされている部屋で、〈剣の舞〉の最初の何小節かを口ずさんだら、たしかそれは「エド・サリバン・ショー」で出てきたサーカスのBGMだ、と気づく人が何人かいるかもしれない。「とても残念なことです」と、ヴァイオリニストの宇田川杰子は、ロンドンとの電話インタビューで嘆く。「作曲家としての彼の音楽が広く知られていないからです。彼の作品はとても豊富で、今なお生命にあふれ、非常に独創的で、色彩豊かな音楽ばかりです」。 彼女は最近、ハチャトゥリアンの眠っている楽曲の掘り起こしに取り組んできたが、このたび、ピアニストのボリス・ベレゾフスキーとともに、未録音作品を含むCDを完成させた。生誕100周年を記念して、『アラム・ハチャトゥリアン:ソナタと舞曲』 (コッホ・インタナショナル・クラシックス) が発売され、その曲目には、オリジナル・スコアによる曲と、新たに編曲されたものがあり、ハチャトゥリアンの遺産に新たな光をあてることになる。

「ある日、ハチャトゥリアンのヴァイオリンとピアノのためのソナタを渡されたんです」と、宇田川は、以来彼女を虜にしてきた音楽との出会いを語る。「ほとんど馴染みのない曲でしたが、それは次第に大きな疑問にとって変わりました。よくよく作品を聴いてみると、その素晴らしさに思わず気を失わんばかりでした。これほど美しい、芸術家の人柄と深い人間の感情に満ち溢れた作品なのになぜほとんど知られていないのか」。その後、宇田川はハチャトゥリアンの他の作品も探し始めるが、同時にすでに録音された作品の収集にも取り掛かる。結果、ヴァイオリンとピアノのための曲はごく僅かしかないということがわかった。こちらも同じく”僅か”とはいえ、有名な作品群、《スパルタクス》、《ガイーヌ》、ヴァイオリン協奏曲は、これまで幾度となくレコーディングされてきた。ところが、この作曲家のもっと実像に迫るべき、器楽曲となるとほとんど皆無に等しく、リサイタルのプログラムにさえ載ることはほとんどない。

ハチャトゥリアンの辿った経歴は、およそ他の作曲家たちのそれとはかけ離れたものであった。神童というわけではなく、いたって普通の子供時代で、楽譜が読めるわけでも、書けるわけでもなかった。むしろ、モスクワ大学で生物学の学生だったときに音楽の勉強をはじめ、その後、同大学のグネーシン音楽学校を25歳のときに卒業した。そして、彼の革新という遺産、創作の数々が、今なお洗練され生命を失っていないのは、西洋音楽の形式をとりながらも、アルメニア人として培われた、彼から湧き出る叙情性や旋律の手法が彼の音楽に顕著に表れているからである。音楽家としてのキャリアのスタートは比較的おそく、交響曲、協奏曲、合唱曲、バレエ音楽、映画のスコア、演劇のための音楽から室内楽、歌曲まで、多岐にわたって精力的に作曲している。

「ピーター・ローゼンが、ハチャトゥリアンのドキュメンタリー映画を作っていたの」。宇田川は思い出す。ピーターが彼女を、ハチャトゥリアンの家族に紹介し、パンドラの箱の蓋が開けられることになる。「とても素晴らしい人たちでした。Eメールでやり取りをしていたのですが、その後、家のアーカイヴの中から、まだ世に出版されていない楽譜をいくつかいただいたんです。早速その譜面にとりかかり、友人にはヴァイオリンとピアノ用にアレンジを作るよう頼みました。ご家族の協力はとても励みになりました」と彼女は、宝物を発見した嬉しさに、終始興奮しながらこう付け加える。「そして、素晴らしい作品を求めて、探し続けました。その間私はずっとこう思い続けていました。もっと多くの人たちがこの音楽を知るべきだ! もっと世の中の人に聴かせてあげなくては!」

彼女の新作には、今回が初めての録音となるヴァイオリンとピアノのためのソナタ(1932)、〈エレジー〉(1925)、それと、バレエ用の音楽を素材に新たに編曲を施した数曲が収録されている。全編にわたって、宇田川の音楽的なパートナーであるボリス・ベレゾフスキーの、力強く、生き生きとした演奏も聴くことができる。ベレゾフスキーはモスクワで生まれ、彼の地で学び、1990年の国際チャイコフスキー・コンクールでは名誉ある金賞を受賞している(「彼は驚くほど円熟しており、目を見張る名人でもあり、恐ろしい程のパワーを持ったピアニストである」――『ロンドン・タイムス』紙評)。「彼は不思議なくらいこの作品に対して愛情を注いでいます」と宇田川は彼についてコメント。「だから、彼自身、演奏に全力投球しています」

今回のプロジェクトで新たなハチャトゥリアンの音楽が具現化することで、宇田川にとっても、ロシアのヴァイオリン音楽の世界が新たな方向へ展開していくことになった。宇田川は、晩年のナタン・ミルシュテインに師事している。「私は伝統的なロシア・スタイルのヴァイオリニストです」と彼女は言及する。「ロシアの作曲家たちと、彼らの作品への想いと結びつきは、ますます強くなっています。ミルシュテインは、プロコフィエフの作品を作曲家自身から学びました。私も今、まるで同じような道をたどっているような気持ちになります」。 彼女は、他のロシアの作曲家で、まだ世に紹介されていないのではないかと思う作品についても、レコーディング用に限らず、コンサートホールでの演目として、リサーチの幅を広げている。すでにいくつか、ロシアの作曲家の未発表作品が、ヴァイオリン用に編曲されたものもいくつか含め、目下、新たな演目のために準備中である。「私は責任感ともいえるものを感じています。管理者の責任とでもいいましょうか。この音楽が、世界中の新たなリスナーや、これから出てくる若い演奏家に聴いてもらえるのを見届けたいのです。このような特権が得られる音楽家はそうそういないでしょう」と、彼女の楽器の世界での、新たなレパートリーの伝道者となるチャンスに恵まれたことについて、こう結ぶ。「なんといっても、それだけの価値があるものなんですから!」

ハチャトゥリアンが70歳を迎えた誕生日の時、アルメニアのバスゲン大司教が、彼の誕生日によせて特別な祝福の辞を申し出た。「あなたの素晴らしい人生に祝福のあらんことを。あなたの偉大な音楽は、その輝きで世界を遍く照らし出し、アルメニア人の創造的な精神に栄光を与えた」。そしてこう続けた、「あなたは末永く生きられるでしょう、永遠の生命を授けられるでしょう」。
もし、宇田川杰子が彼に言葉を寄せるとしたら、まさにこの言葉に尽きるであろう。

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『ストリングス・マガジン』誌

ハチャトゥリアン: ソナタと舞曲

宇田川杰子
ボリス・ベレゾフスキー、ピアノ
KOCH 3-7571-2 HI

ロシアの魂

ロシアの巨匠がある時、日本からやってきたヴァイオリニスト、宇田川杰子に、彼女があまりに祖国ロシアの作曲家たちの音楽の飲み込みがいいので、思わず彼女にはロシア人の血が流れているのではないかと言ったことがある。その宇田川の最新作、『アラム・ハチャトゥリアン:ソナタと舞曲』(コッホ)は、かつての神童がその師である巨匠に言わしめたとおり、ロシア人がもっている共通の魂とも言うべきものに、一歩足を踏み入れたものである。この衝撃的なアルバムでは、ロシア人ピアニスト、ボリス・ベレゾフスキーとコンビを組み、7曲の世界初演曲がフィーチャーされている。

またそれは、ハチャトゥリアン(1903-1978)の生誕100周年を記念しており、彼は1948年にソヴィエト政権によってエリート主義の名のもと、ショスタコーヴィチやプロコフィエフらとともに非難される以前、ロシアで最も愛されていた作曲家の一人であった。

映画監督、ピーター・ローゼンによる最新注目作、アラム・ハチャトゥリアンのドキュメンタリー映画も、今回のCDと時を同じくして、2003年末に北米の映画祭で公開となる。

ローゼン(宇田川のミュージック・ビデオも手がけ、それはエンハンストCD盤にも収録されている)は、宇田川をハチャトゥリアンの孫に紹介し、その後、この孫によって家族の書庫で発見され、未だ出版されていない〈舞曲第1番〉(1925)の手書きの楽譜が、彼女に手渡されることになる。その他の初演楽曲についても、これまでほとんど耳に触れられたことのない、非常に力強い楽曲がこのCDには収録されている。ヴァイオリンとピアノのためのソナタ、〈エレジー〉、《ガイーヌ》の〈ヌーネのヴァリアシオン〉 (フェイゲン編曲)、《仮面舞踏会》の《夜想曲》 (作曲者による編曲), 《ガイーヌ》の〈アイシャの踊り〉 (ハイフェッツ編曲), そして 《スパルタクス》の〈エギナの踊り (モストラス編曲)。もちろん、ハチャトゥリアンの最も良く知られている作品、1942年のバレエ《ガイーヌ》 からの〈剣の舞〉も、ハイフェッツ編曲で収録されている。

「ハチャトゥリアンの音楽は、彼の愛、感情に満ち溢れています――悦びや、悲しみ、あらゆるものが、彼の音楽から溢れ出てきます。彼の音楽は、とても色彩豊かで、個性あふれるものです」と宇田川は語る。

彼女がハチャトゥリアンのプロジェクトに取り組むきっかけとなったのは、とある友人に教えてもらったヴァイオリンとピアノのためのソナタで、彼女はそれまでその曲を聴いたことがなかったという。「でも、よくよく見てみたら、とても興味深い作品だということがわかりました」。彼女は思い出す。宇田川はこの作品を今まで誰一人として録音していないことを知って、驚いた。さっそくハチャトゥリアンの他の作品についても調べてみたところ、録音されていない曲があることがわかった。

「彼は作曲家として、過小評価されすぎているような気がします。また、なんと多くの彼の作品が録音されていないことか、驚いています。この音楽を新しい世代へ伝え、彼の作品がもっと多くの人に演奏されるようになることを、私は使命のように感じています」

「私はこの仕事に、もうすっかり夢中です!」

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ホワッツ・オン・イン・ロンドン

クラシカル・キャリアー

若き演奏家が、「天才」とか「偉大な」音楽家として、その世界で卓越した人物の一人として認められるとき、その人物の話に耳を傾けることは非常に価値のあることだ。並外れた才能に恵まれた宇田川杰子は、まさにこのケースにふさわしいヴァイオリニストである。

「6歳のときにヴァイオリンを与えられました」と、最近私にこう語ってくれた。「そしてすぐにレッスンを始めました。私の両親は2人とも音楽家ではなく、私にプロの音楽家になってほしいなどと真剣に望んだことはありませんでした。でも母は私に、何か自信になるような、人より秀でたことを身に付けて欲しいと願っていました。

「ヴァイオリンを弾くのが大好きでした。一度として、大概の子供のように親に「練習しなさい」と言われたことはありません。ヴァイオリンとの出会いはこんな感じでしたが、今のようになろうとは夢にも思いませんでした!」

「次第に、ヴァイオリンをプロとして演奏したいと思うようになり、15歳の時に初めて人前で演奏しました。そこは、日本の大都市のひとつにある大きなホールでしたが、私にとっては素晴らしい経験でした」

「ヴァイオリンに惹かれた要因はたくさんあります。まず、肉体的な面でしょう。ヴァイオリンを演奏するのに大きな体である必要はありませんし、それでも力強い音を出すことはできます。一方で、チェロのような楽器となると、私にとってもっとハードではないかと思います。さらに、ヴァイオリンは非常に感情豊かな表現ができる楽器です。ですから、非常に魅力的な世界だと思っています」

宇田川杰子は、ナタン・ミルシュテインのもとで、より高度な勉強するためにロンドンへやってきた。その後、ニューヨークのジュリアード音楽院で彼とのレッスンを続けることになる。

「ミルシュテインは非常に厳しく、とても強い個性をもった人で、彼から何を学ぶべきか、きちんと具体的に自分でわかっていないといけませんでした。そうでないと、わけが解らなくなり全て無駄になっていたかもしれません」

「とても長い期間彼のもとでレッスンを受け、本当に大事なことを学びました。彼は、偉大な音楽家のみが持ちうる、上質な気品というものを持っています。テクニックや音というのは、練習によって得ることができますが、“気品”となると話は別です。音楽の解釈、そしてその表現法は、ミルシュテインが最も重視していたことです」

永く人々の記憶に留められるということは、多くの芸術家にとって重要なことであり、宇田川にとってもそれは例外ではない。

「絵描きというものは、その作品が後世にわたって永く、価値が認められることを意識して作品を創るものです。しかし、演奏となると事情は変わります。ひとたび演奏が終わってしまうと、すべて消え去ってしまいます。もちろん、真に偉大な演奏であれば、そのまま記憶にとどめられるでしょうが、その点、録音というものは、永遠に残るという意味では、音楽家にとって特別なものです。私の初めての録音が1月に発売されますが、将来もっとたくさんの録音を残したいと思っています」

「数多くのレコーディングをすること以外にも、将来やりたいと思っていることがいくつかあります。私はコンサートで演奏するのが大好きなんですが、そこで今まで人前でやったことがない新しい曲を演奏したいと思っています。今までに40曲を超える協奏曲をレパートリーにしてきましたが、このうち実際に人前で演奏されたのは、3分の2にすぎません。残りの3分の1のレパートリーというのは、あまりポピュラーな作品ではなく、観客にとってあまり魅力のある作品ではないということがネックになっています。でも、もし私にこれらの作品を演奏する機会が与えられれば、その魅力を人々に伝えることができると信じています」

「さらに将来、年をとったら、室内楽を作曲してみたいとも思っています。もちろん、そこに到達するまでに、オーケストラと協奏曲を演奏したり、曲のレパートリーを増やしたりと、越えるべき山はありますが、年をとったときには、もっと仕事を楽しくこなすことができるし、もっと純粋で、洗練された作品を作曲したり演奏したりすることができるはずです」

「人々の期待に応えていくことは、大変な仕事です。何千もの人々の前で演奏し、ベストを尽くすには、常に大きな責任感がつきまといます。しかし、いつでも向上することを忘れません。演奏することとは、決してやさしい道ではないんです!」

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『ニューヨーク/ロング・アイランド・アップデイト』

日本人ヴァイオリニストによるティリスでのコンサート

ニューヨーク自宅との電話インタビューで宇田川杰子は、彼女にとって初めてとなる、東はニューヨーク、西はカリフォルニアに及ぶ全米ツアーについて語ってくれた。

彼女が6歳でヴァイオリンを始めたときには、プロの演奏家になろうなどという気持ちはまるでなかったという。むしろ母親は、それによって娘が自分の殻を破ってくれたら、という親心からヴァイオリンを始めさせた。「私はとても内気だったので、楽器をやることで何か自信が生まれるのではないか、と母は考えたのです。そこで、ヴァイオリンを選んだのは、当時ピアノほど一般的ではなかったからなんです」

母親の励ましは、予想外の成果をもたらした。20歳を過ぎた頃には、巨匠ナタン・ミルシュテインに師事できるかもしれないという望みを胸に、単身ロンドンに渡ってしまうほどの十分な自信と勇気をもっていた。そこで彼女は、たくさんのコンサートで演奏し、いろいろな人と出会ったが、誰一人としてミルシテインに紹介できる人などいなかった。そこであるとき内気な宇田川は、自らの手によって、運命を自分の味方につけることにした。ミルシュテインのコンサートに行き、終演後楽屋に赴き、彼女曰く、非常にたどたどしい英語で、彼に面と向かって頼み込んだ。彼女自身驚いたことに、彼は自宅の電話番号を教えてくれ、次回彼がロンドンに帰ってきたときには電話をするようにと彼のほうから、言ってくれた。彼は彼女にレッスンをすることを引き受けてくれた。そしてその後、10年にわたって弟子となった。そして今、彼の持ち味である、ロマン派的手法に重きを置いた演奏は、彼女のスタイルにも明白に聴いて取ることができる。今日宇田川は、自らスターとしての地位を築き上げ、これまでリリースしたCD3作はどれも高い評価を得、世界中で演奏活動を行い、中でもジュネーヴで行われた彼女のコンサートでは、満員御礼、3000人の観客を動員している。

初の全米ツアーを控え、宇田川は準備に多忙だが、それに伴いマンハッタンでの生活スタイルにも徐々に順応しつつある。彼女にとって生活の場であるマンハッタンは、エネルギーに満ちていて、とてもフレンドリーな街なのだそう。

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『グリーン・ベイ・プレス・ガゼット』

ヴァイオリンは彼女の親善の道具
by Warren Gerds

宇田川杰子にとって親善の道具とは世界の共通言語である音楽だ。宇田川は広く世界中でこの言語を話す機会を得ている。ジュネーヴ、ウィーンで競演したばかりの、かの有名なザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団と、この度全米ツアーを行う。ツアーは、18日間、12公演を予定している。クラシックの中でもよく知られている曲中心の演目で、モーツァルト管弦楽団の45人のメンバーのソリストとして各地を回る。

ブラウン・カウンティ市民音楽協会主催による、1995-1996年のシーズンは、金曜日のグリーン・ベイを皮切りにスタートする。協会の事務局は、なかなか調整が困難なモーツァルテイム管弦楽団と、新進の宇田川を今回ブッキングできたことに非常に満足している。

「私の家族は皆、オープンな考え方ですし、今の私のような状況についても、とても理解があります。私にとっては非常に都合の良いことです。そして、このことは私が西洋の世界に飛び出すにあたって、とても役に立ったはずです。誰も反対しませんでした。また、演奏で戻ることはあっても、あれ以来、一度も日本で生活したことがないのですが、それについて誰も文句を言いません。家族にはとても感謝しています」

彼女は今回のモーツァルテウム管弦楽団とのツアーで、彼女がほとんど毎晩演奏している曲も演目に加えることにした。モーツァルトが若くして作曲した、ヴァイオリン協奏曲第4番である。「この曲はとても純粋でシンプルな音楽です。でもモーツァルトの曲を弾きこなすには、たくさんの修練が必要なんです」と宇田川は言う。

その他の演目として、(もちろんモーツァルトの作品だけであるが)交響曲第29番と交響曲第36番(リンツ)も予定されている。

1841年に創設された、モーツァルテウム管弦楽団は、オーストリアでも最も歴史のあるオーケストラの一つである。このオーケストラが録音した幅広いレパートリーの中には、モーツァルトの全ての交響曲が網羅されている。今回は宇田川にとってもまたとない良い経験となる。アメリカのオーケストラにはない微妙なアプローチの違いが、ヨーロッパのオーケストラにはあるからだ。

「私はヨーロッパの音楽に理解があります。ヨーロッパの優れたオーケストラと演奏してきましたから。だから、彼らとは非常に演奏しやすいのです」と彼女は語る。

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